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福岡地方裁判所大牟田支部 平成2年(ワ)55号 判決 1992年12月25日

主文

一  被告は原告に対し、金一二三四万五一八〇円及び

うち

金一八三万円に対する昭和六二年五月一日から、

うち

金一八八万一六〇〇円に対する昭和六三年五月一日から、

うち

金一九一万三四〇〇円に対する平成元年五月一日から、

うち

金一九八万五四〇〇円に対する平成二年五月一日から、

うち

金二〇五万八六〇〇円に対する平成三年五月一日から、

うち

金一七一万五五〇〇円に対する平成四年三月一日から、

うち

金九六万〇六八〇円に対する平成四年一一月一日から

各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金一六一五万四八六八円及び

うち

金二二九万五〇〇〇円に対する昭和六二年五月一日から、

うち

金二三五万二一六四円に対する昭和六三年五月一日から、

うち

金二四一万四七三九円に対する平成元年五月一日から、

うち

金二五一万七五三五円に対する平成二年五月一日から、

うち

金二六三万〇一七五円に対する平成三年五月一日から、

うち

金二六三万〇一七五円に対する平成四年五月一日から、

うち

金一三一万五〇八〇円に対する平成四年一一月一日から

各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告及び被告との間においては、かつて別紙物件目録記載の各土地建物(以下「本件各不動産」という。)の所有権の帰属をめぐる訴訟があり、原告が、被相続人(父)である亡岡部勇から所有権全体を承継したと主張したのに対し、被告は、本件各不動産の取得には実質的な夫婦関係があり、共同で音楽教材用楽器指導盤(ミュージックテレビ)の製造販売の事業を営んでいた被告による貢献、出資が存在するから本件各不動産は亡岡部勇と被告との共有財産である旨主張して争っていたところ、福岡高等裁判所平成二年三月二七日判決(甲二)により、本件各不動産は亡岡部勇及び被告の持分各二分の一の共有財産であったものと認定され、同判決は確定した。したがって、原告が亡岡部勇から相続により承継したものは本件各不動産の持分二分の一にすぎないことになった。ところが、現在に至るまで本件各不動産を実際に使用収益しているのは被告であるため、原告は、被告がその持分二分の一を超えて使用収益するのは不当利得に当たるとして、これまで請求していない昭和六一年五月一日以降の不当利得分の返還を求めている。

一  争いのない事実

亡岡部勇が昭和五七年九月一日に死亡した後、原告及び被告が本件各不動産を持分各二分の一で共有していること、亡岡部勇の死後被告が本件各不動産を使用収益してきたことの各事実は当事者間に争いがない。

二  争点

1  共有持分を超えて本件各不動産全体を使用収益している被告は、被占有者たる共有者である原告に対して不当利得返還義務を負うのか。

2  被告は本件各不動産について使用貸借権を有すると言えるか。

3  被告の原告に対する不当利得返還義務が肯定される場合、その不当利得額はいくらか。

第三  争点に対する判断

一  一般に共有者の一人が共有不動産を排他独占的に占有使用する場合、右共有者は、他の共有者の損失において当該不動産の適正賃料額の自己の共有持分を超える部分相当の利益を不当に得ていると解するのが相当である(前掲福岡高等裁判所平成二年三月二七日判決。なお、東京高等裁判所昭和五八年一月三一日判決・判時一〇七一号六二頁及び東京高等裁判所昭和四五年三月三〇日判決・判時五九五号五八頁は、一般論として遺産分割前の共有財産についてさえも、現実に使用収益している共有者の非占有者たる共有者に対する不当利得関係が生じ得ることを肯定している。)。したがって、本件において、被告は、本件各不動産の適正賃料額の半額相当の不当利得を得ていることになる。

二  亡岡部勇の生前において、被告は、共有者として本件各不動産を使用収益していたのであるから、別段右勇との間に使用貸借契約を締結する必要性は認められない。したがって、被告に使用賃借権が存在したかのような被告主張は認められない。前掲福岡高等裁判所判決も使用貸借権の存在を否定している。

三  被告の不当利得額について検討する。

1  前掲福岡高等裁判所判決は、昭和五七年九月当時の適正賃料が月額二六万九〇〇〇円であると認定し(乙二の不動産鑑定評価書参照)、昭和五七年九月一日から昭和六一年四月三〇日まで四四か月分の適正賃料額の半額に当たる金五九一万八〇〇〇円及びこれに対する付帯利息の支払を被告に命じている。そして、本件訴訟は、前訴で未請求であった昭和六一年五月一日以降の不当利得分の支払を求めるものである。

2  本件各不動産につき、昭和六一年から平成二年までの各五月一日時点での適正賃料額を検討したものとして、鑑定人野田重康の鑑定の結果(鑑定評価を行った日は平成三年五月二五日、以下「野田鑑定」という。)及び鑑定人川崎一秀の鑑定の結果(鑑定評価を行った日は平成四年五月一日、以下「川崎鑑定」という。)がある。

右二つの鑑定は、いずれもまず昭和六一年五月一日時点での賃料を積算法及び賃貸事例比較法(比準賃料)により求め、昭和六二年から平成二年までの各五月一日時点での適正賃料額は、昭和六一年五月一日時点での賃料額にスライド法を適用することにより求めるというものであって、鑑定手法の点では共通している。ところが、積算賃料の基礎となる土地価格(更地価格)あるいは建物価格、すなわち、期待利回りを乗ずる対象となる土地建物の価格等に評価の違いがあるため、昭和六一年から平成二年までの各五月一日時点での適正賃料額につき、野田鑑定は月額金三八万二五〇〇円から月額金四三万八三六〇円とするのに対し、川崎鑑定は月額金三〇万五〇〇〇円から月額金三四万三一〇〇円と評価しており、大きな隔たりがある。原告の請求は、右の二つの鑑定のうち、適正賃料額を高く評価する野田鑑定を基礎とするものである。

3  積算賃料の基礎となる土地価格(更地価格)は川崎鑑定の方が地価公示価格及び東京都基準地価格により近似していること、昭和六一年五月時点での三つの建物の建築後の経過年数は川崎鑑定のように二三年、一九年、一二年になると認められるのに(川崎鑑定並びに乙一及び乙二の各鑑定書記載の本件各建物建築時期参照)、野田鑑定は二八年、二四年、一七年という正確さを欠くと思われる数値を計算の根拠としてしまっていること、野田鑑定は本件各建物の耐用年数を五年から七年しかないものと評価しているのに対し(この点は野田鑑定が建築経過年数を長く見ていることに関係していると思われる。)、川崎鑑定は九年ないし一六年と評価しているが、各鑑定書添付の写真、甲五の一ないし一二の各写真、乙一ないし五の各写真からうかがえる本件各建物の現況に照らせば、川崎鑑定の方が信用性があると思われること、前掲福岡高等裁判所判決は、昭和五七年九月当時の適正賃料が月額二六万九〇〇〇円であると認定しているが、野田鑑定は昭和六一年五月一日時点での適正賃料を月額金三八万二五〇〇円とするものであって、昭和五七年九月当時から四年も経過しないうちに一一万三五〇〇円も上昇するというのはいくら地価上昇傾向があったとしてもいささか極端にすぎること等の諸般の事情に照らせば、川崎鑑定の方がより合理的であると評価すべきである。したがって、川崎鑑定を基礎として不当利得額を算定することとするが、被告は、遅くとも平成三年三月以降公道から最も奥まった建物を明け、三棟の建物の中央に当たる建物に作業所を移していることに照らせば(乙三)、この建物部分について平成三年三月以降も当然に被告に不当利得が生じたものということはできない。川崎鑑定五頁によれば、三棟の建物の総床面積二七一・七四平方メートルのうち、最も奥にあるC建物の床面積が約四三パーセントを占めること、公道に面した建物等位置的に有利な建物、すなわち、使用価値の高い建物の方はいまだに被告が使用していること、不当利得原理の基底にある衡平の原則等に照らせば、被告が原告に返還すべき平成三年三月以降の不当利得額は同年二月までの不当利得額の七割にとどまるものというべきである。

4  前項の考え方により、本件各不動産についての具体的な適正賃料の半額を求めると次のとおりである。

(1) 昭和六一年五月一日から昭和六二年四月三〇日まで

月額金一五万二五〇〇円 年額金一八三万円

(2) 昭和六二年五月一日から昭和六三年四月三〇日まで

月額金一五万六八〇〇円 年額金一八八万一六〇〇円

(3) 昭和六三年五月一日から平成元年四月三〇日まで

月額金一五万九四五〇円 年額金一九一万三四〇〇円

(4) 平成元年五月一日から平成二年四月三〇日まで

月額金一六万五四五〇円 年額金一九八万五四〇〇円

(5) 平成二年五月一日から平成三年四月三〇日まで

月額金一七万一五五〇円 年額金二〇五万八六〇〇円

(6) 平成三年五月一日から平成四年二月二九日まで

月額金一七万一五五〇円

一〇か月分の合計金一七一万五五〇〇円

(7) 平成四年三月一日から平成四年一〇月三一日まで

月額金一二万〇〇八五円(平成四年二月二九日までの七割)

八か月分の合計金九六万〇六八〇円

右の(1)ないし(7)の合計は金一二三四万五一八〇円となる。そして、亡岡部勇の死後、被告においては、原告をはじめとする勇の相続人が本件各不動産について少なくとも二分の一の持分を有していることを知っているのであるから、不当利得分について利息を付して返還しなければならない。

よって、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

(一)東京都板橋区赤塚五丁目七三九番五

宅地 二〇・三三m2

(二)東京都板橋区赤塚五丁目七三九番六

宅地 一〇三・八三m2

(三)東京都板橋区赤塚五丁目七三九番七

宅地 七四・一八m2

(四)東京都板橋区赤塚五丁目七三九番地六

家屋番号七三九番六

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 二七・二七m2

二階 二四・七九m2

(五)東京都板橋区赤塚五丁目七三九番地六

鉄骨造亜鉛メッキ鋼瓦葺二階建作業所

床面積 一階 五八・六七m2

二階 五八・六七m2

(六)東京都板橋区赤塚五丁目七三九番地六

木造瓦葺二階建作業所

床面積 一階 五六・一三m2

二階 四六・二一m2

((五)・(六)は未登記)

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